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ロケーション: Edison, New Jersey。名前から分かるように発明王トーマス・エジソンゆかりの地です。ちなみにエディソン市のキャッチフレーズは「レコード生誕の地(the birthplace of recorded sound)」。家のすぐ近くにエディソンの実験室だったという記念館があるのですが、ここでエディソンが蓄音機を発明したのだとか。

 

コンピュータ履歴


初めて使ったコンピュータ

DECのPDP-12です。12ビットマシンで、磁気テープからOSをブートするというユニークなモデルでした。学校の予算が少なかったせいか、当時主流だったFortranがなく、プログラムはアセンブラで書く必要がありました。(コンソールのトグルスイッチを使って機械語を1ステップずつ入力するという手もありましたが)。プログラムは紙テープに保存。1ステップでも変更するとテープを全て打ち直さなければならず、長いプログラムを作っているとテープの残骸が山のように溜まりました。今から見ればずいぶんシンプルなマシンでしたが、かえってコンピュータの構造やアセンブラーを学ぶには最適な機種だったように思います。

初めてのパソコン

NECの8801mkII(model 30)です。藤沢駅前の丸井で買いました。丸井にしては珍しく値引きをしてくれるというし、土曜日なのに翌日家まで届けてくれるとのこと。ちょっとサービスが良すぎるという疑念もありましたが、結局買うことにしました。案の定、翌週か翌々週に新しいモデル、8801mkIISRが出ました。今ではそんなの当たり前なのでしょうが、当時のパソコンは今ほど製品寿命が短くなかったのです。

ちょうどパソコン通信の黎明期で、アスキーがアスキーネットワークというサービスを試験的に始めた頃でした(Compunicationという名称でしたが、この造語は流行らなかったですね)。 僕もNECの300bpsのモデムを大枚5万円をはたいて購入。当時はATコマンドが普及しておらず、電話でキャリアトーンを確認してから受話器を押し込む音響カプラーが一般的でした。このNECのモデムは電話機一体型で、キャリアトーン確認後スイッチを押すとモデム側に切り替わるという先進モデル。

ところがそのころの電話機はモジュラージャック/プラグ方式ではなく、このモデムも高い手数料を払って電電公社認定の業者に配線工事をしてもらう必要がありました。工事といっても誰にでも簡単にできる程度のものですが、それは法律違反!自分でやったのがばれて警察に逮捕されたらどうしよう、とちょっと心配なので、会社に出入りの電話業者に相談すると、「いや〜そんなの分かりっこありませんよ。万一見つかったら、そうなんですか、知りませんでしたって言えば大丈夫ですから」ということで一安心。

当時は市販の通信ソフトがほとんどなく、あってもバカ高(そんなもんに10万円も払えるか!)、というわけで漢字Basicを使ってターミナル・エミュレータを自作。つながるとツツツーと画面上に次々と現れる文字(何しろたった300bpsですから)に心が躍りました。

この8801mkIIはゲームに、プログラミングにとよく働いてくれました。今から思い起こしても最も愛着のあったマシンですが、アメリカへ行くことになり愛惜の思いで友人に譲りました。

初めてのアップル

Apple//cです。1985年頃だったと思いますが、秋葉原のとある店(どこだったかはもう憶えていません)で買いました。国産機に比べてスペックは劣るし価格も割高、それでもAppleに対する憧れのようなものがあり、アメリカの文化に触れることができるような気がして購入。ソフトがやたら高いので香港へ行く友人に海賊版を頼んで買ってきてもらったりしました。

//cは初期のMacと同じクローズド・アーキテクチュアでほとんど機能拡張の余地がありません。従来AppleIIは拡張性の高さが売り物だったわけで、それまでのマニアから見れば魅力に乏しい機種だったでしょうが、フロッグデザインによる、そのコンパクトでスリークな筺体はそうした欠点を補って余りあります。実際//cには標準的な機能はほとんど内蔵されていて、一般的なユーザには機能を拡張する必要はなかったでしょう。

ところが買いはしたものの、あまり使う機会がないうちに僕自身がアメリカへ行くことに。厳重に梱包して船便で送りましたが、到着したらなぜかブートしなくなっていました。修理屋に持っていくとずいぶん高いことを言われ、悩んだ末にIIgsへアップグレード。

このIIgsも長く愛用しましたが、スクリーンの解像度が低い、日本語が扱えないなど不満がありました。Appleは既に主力をMacintoshにシフトさせており、IIgsのバージョンアップモデルなど望むべくもありません(IIgsの後に//c+が出ましたが、これはとても強化モデルと呼べるものではなく、グラフィックに関して言えば明らかに機能後退
)。Apple IIのシェアはどんどん低下。長年愛読していた雑誌A+は競合誌InCiderと合併するも、号を追うごとにページ数が減りやがて1993年7月号を最後に廃刊。最終号は記念として今も取ってありますが、この薄さは雑誌というよりパンフレットに近いです。OSもGS/OS6.0.1を最後に開発停止。思えばApple IIはMacという異なるプラットフォームを持つApple社のマーケティング政策の犠牲になったと言えなくもありません。別の会社がAppleIIを持っていたら、機能強化もどんどん図っていただろうし、ビジネスソフトの開発も奨励したでしょう。もしかしたら今日、Apple II、Mac、PCの三極時代を迎えていたかも(ちょっとそこまでは無理でしょうか)。

というわけで、僕のコンピュータ生活も徐々にMacが主体となり、IIgsの出番は少なくなるばかり。やがて意を決してニューヨーク市立図書館の子供コーナーに寄付。担当の女性が満面の笑顔で迎えてくれました。以後何度か図書館の子供コーナーへ行って子供たちがこのIIgsを使っているのを見るにつけ、IIgsは幸せな第二の人生を送っているなと感慨深いものがありました。

初めてのMacintosh

Mac Plusです。IIgsに限界を感じていた折、Mac SEが出てPlusが大幅に値下がり。これならということで、マンハッタンにあるMac Factoryという店で買いました。 ちょっと使ってみて、ハードディスクなしではとても使い物にならないことがわかり、33メガバイトの外付けを500ドルで購入。当時はハードディスクも高かった。

その後、メモリーを最大の4MBに増強、OSも漢字トーク6にアップグレードして、実用的なツールとして十分使うことができるようになりました。
折からアルバイトで始めた翻訳業にPlusは大活躍。稼いだお金でプリンターも遅くてノイジーなイメージライターIIから、静かで高速なレーザープリンターGCC Eliteにアップグレードできました。

やがてSystem 7が出たのをきっかけに、在庫処分で安くなっていたIIsiを純正の13インチカラーモニターと一緒に購入。Plusは第一線を退き、私のMac生活もカラー時代を迎えます。

SE以降はフロッグデザインが筺体デザインを行うようになり、Macの黄金時代を築くようになりますが、ジェリー・マノックとテリー・オオヤマのデザインによる128K〜PlusまでのMacもフロッグデザインに勝るとも劣らない優れたものだと思います。

もう今は出番もなくなり、地下の物置でひっそりと余生を送る
MacPlusですが、歴代のマックの中で、今もPlusのデザインが一番気に入っています。

 

自転車との付き合い方


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暇があれば、よく自転車を積んで遠出します。最近はガソリンが高くなったので、電車を使って行くことも(これ「輪行」というらしいです)増えました。自転車に乗るのは単に気分がいいからで、特に何か主義主張があるわけではありません。強いて言えば健康増進をやや期待しているかも。

 昨今はガソリンの高騰で自動車から自転車に乗り換える人が増えてきたそうです。しかしアメリカで自転車を交通手段として使うのはあまりに危険なので、私はやりません。アメリカは「自動車先進国」と形容されて久しく、道路のシステムは車の運転には随分便利に出来ていますが、その反面、歩行者や自転車には注意が払われていない「自転車後進国」でもあります。私の自宅付近も例外ではなく、徒歩・自転車で近くのショッピング・モールへ行こうとすると、自動車が70キロぐらいでビュンビュン飛ばしている道を横断しなければなりません。横断歩道なんてありませんし、一番近い信号までは何百メートルも路肩を歩いて行かなければなりません。安全を考えると結局、はがき一枚投函するにも車を運転してということになります。

 最近はストリート・ルネッサンスが叫ばれ、ニューヨーク市などでは自転車を意識した街作りが徐々に進めらているようですが、全米レベルを考えると百年河清を待つの観があります。一世紀に渡って自動車優先のシステムを築いてきた社会がそう簡単に変わるはずがありません。

昔からデータを記録/整理するのが好きでした。今もこの性癖が抜けず、自転車で走ったルートを記録しています。使う道具はハードウェアがGPS(GarminのGeko 201、右の写真)とPC、ソフトウェアがカシミール3Dと轍(わだち)。自転車にGPSを積んで走った後、GPSのメモリーからトラックデータをPCにダウンロード。カシミール3Dを使ってデータを編集、さらに轍を使ってGoogle Map用にHTMLを作成します。 こうして作ったルートマップと写真を整理して公開するのが、このウェブサイトの主要な目的の一つでもあります。

 

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